涙・・2003年10月20日この日を忘れない!! この日は、母の誕生日なのに・・なんていう悪夢の日になった。 お守りのつもりで、受けた検査!! 骨シンチ(股関節に黒い点→炎症(?DR) 造影→異常なし 血液検査→腫瘍マーカー正常値よりほんの少し高い 血液検査と骨シンチを見て、私はMRIの検査をDRに依頼した。 自分の不安を打ち消す為の検査だったのに・・・ この日(MRIの検査結果)は、めちゃくちゃ混んでおり、 2時間以上待たされました。 息子を連れて行ったのが、幸いしたのだ。 待合室から、診察室へと入室した。 DRからは、最悪の結果を聞くことになった。 顔なじみの看護師さんで、冷静に聞くことができた。 これからの治療方針・骨のどの部分に転移しているかなど・・・ 診察室をでて、私はみんなに連絡した。 主人に電話して、私の実家に行くようにお願いした。 息子と共に車に乗り込み、ハンドルを握り病院をあとにして 実家へとむかう。 息子のおかげで、冷静にパニックになることもなく・・・ 父は、外出しており・・(内心ホッとする=父は私が好きだから) 母と主人に、『多発性骨転移』と告げた時に、一筋の涙が・・ でも、父が帰ってきてしまい・・ 涙をぬぐって、転移箇所・治療方針などを話す。 妹も駆けつけてくれた!!(電話口では、ないていました) みんなに、これ以上心配させたくなくて・・笑顔で話した。 我が家へと戻り、お風呂に入り、息子を寝かせ 自分も寝ようとするのだが、眠れない!眠る事などできない!! 涙が拭いても、拭いても止まらない! 娘は、運よくバイトで居ない!!! 主人の胸を借りて、思いっきり泣いた。 泣いても、泣いても涙はとまるとまる事を知らないようだ。 安定剤の『デパス』を飲み、私が眠るまで手をつないでもらった。 毎日毎日、考えるのは『死』のことばかり・・ 貴重品は、ちゃんとわかるようにとか、 衣類は、一人一人の箪笥に、1年間の洋服を入れなくてはとか、 お葬式は、○○で行ってもらい、バックミュウジックは、これ!とか でも、体が言う事きかないの!! 何もしたくないの! 何かしようとおもっても、涙が先で。 買い物に行っても、この人ごみの中 映画のワンシーンの様に、自分だけが取り残され動かない。 みんなは、流れて動いているのに・・・ 私だけ、動かない 私が、この世から居なくなっても、何もかわらない!! 変わるのは、家族のみで、他は変わらない。 そう思っていても、悲しい。 再発の完治や共存の確立も低いだろうと。 みんなの前では、笑って元気に見える私でも・・ 悲しい時がある。 涙を流す。 どんなに泣いたのだろう?? でも、涙はかれる事をしらない・・・ 涙は、どんどん溢れてくる。 どんな時も・・・・ |